ポストロック万歳

 

〇〇歳までに結婚する、〇〇歳までに何処で暮らす、そして〇〇歳で死ぬ。よくある簡単な人生計画みたいなモノを思い描いたときにいつも、レーシング場のチェックポイントが頭に浮かぶ。ぐるり、車体ごとコーナーに突っ込んだりエンジンがオーバーヒートを起こさない限りはゴールにたどり着ける。僕の頭のレーシング場は道が2本に分かれていたり、はてしない直線があるのだけれど、チェックポイントは必ず通れるようになっている。

LOSTAGEとの共演が決まった。嬉しい。こんなに心から嬉しいことはそうない。僕の人生のチェックポイントは常にLOSTAGE、あるいはlostageと共にあったといっても過言ではない。人が食事で場面を思い起こすように、僕は音楽で昔のある場面を思い出すことが多々あるし、そういった記憶のシーンで流れている音楽の大半がtoeLOSTAGEだ。

思えば「四国のポストロックバンド」の肩書き(レッテル?)でこじつけたビッグネームとの共演も多い。toddle,bacho,sow,aiming for enrike,突然少年,e;in,sans visage,Mass of the fermenting dregs,my young animal,nim,SEMENTOS,裸体etc.....

年々同年代が減っていって、僕らへのお声がけが増えてきた。そこについにLOSTAGEとの共演が舞い込んできた。ラッキー&棚ぼた上等。自分の目指していたチェックポイントに到達したことを少しだけ褒めたい。でも忖度ブッキングで一度会ったことを自慢しつづける元気も無いので、出来れば僕らも良くありたい、とずっと思っている。

「都会の凄いバンドが四国へ来るときに、彼らに憧れた田舎の若者が似た音楽を披露する」構図が四国には往々してよくあるし、それ自体は何も間違っていないのだけれど、そこに対等なイメージの共有がない感じがして、なんとも言えない物悲しさを感じていた。

なのでここ1年くらいは「自分たちも良くあろう」とお互いに言葉にしてきた。おかげもあって、少しずつ良くなっている、と思っている。凄くなっているかは分からない。けれど、気負けすることも減ったし、何より「その場に居なかった」みたいなあの行き場のないやるせ無さに締め付けられることは確かに減った。一歩前進。やるぞLOSTAGE。彼らにこの愛を捧ぐ。ハンドルを自分の意思で握って、僕らなりの最高到達点を。