Lost in Translation 製作にあたって

 

Lost In Translation の製作にあたって

曲の解説を書き綴るエッセイみたいなモノにはなんとなく苦手意識があるけれど、やっぱり当時の感情を忘れないでおきたいのでなるべくミニマムな媒体で、忘備録的な残し方をしておきたいと思った。

発案は2024年。フジロック ROOKIE A GO-GOに向けた音源制作。リミットは2025年4月。細かいことは忘れてしまったけれど、約7〜8年ぶりの音源制作。音源作りのハウトゥも完全に体から抜けきっていた。でもバイオリズム、生物的同調、みたいな一丁前の含蓄がバンド内を満たしていた。綺麗に録れるかはわからないけれどやってみたいと思った。

 

今回は全てのギターをリアンプで録った。自分のパソコンにギターを録音して、その音をアンプから再生しながらマイクで再録音する。初めての試み。演奏のピッチ、ニュアンスとダイナミクスには妥協できないので、この方法しかないと思った。メリットは上記で、デメリットは果てしなく時間がかかること。7分の曲が8時間かかっても録り終わらない。A warm bedだけで単純に15時間近く、日にすると4〜5日かかったと思う。時間がかかれば美しいモノが録れるというものでもないのだけれど「GOを出すのは自分」 という部分がとんでもなく厄介で、細かい妥協が後々響いてくるので使うか分からないフレーズでもベストスコアは出し続けないと進めない。あんまりこの日々は思い出したくない。リミットに追われまくっていたし、新婚なのに仕事前に早起きして3時間、仕事の休憩中に1時間、みたいな録り方もした。レコーディングブランクがありすぎて「バンドサウンドをそのまま音源上で再現したのでは良い音源にならない」ことを思い出すのに時間がかかった。アンサンブルを意識的に作る。音源は引き算で、当然だけど引き算をするには足さなければいけない。ここで無限に近い時間がかかった。

何度も言うけれど時間をかければ良いものができるのではない。良さを担保する部分はもっと手前のイメージで、レコーディングはあくまで細かな修正舵を切っているのにすぎない。操縦桿は持っているけれど既に離陸は済んでいて、東西南北は変えられない。でも飛ぶしかない。ここからは祈り。「But Who To 」でも誰に。過去の自分にかも。でもその心配を他所に、RECが始まってからはスムーズだった。自分でも驚いたけれど。したいイメージにアプローチできる。アジア1小さい「ゾーン」に入っていたと思う。A warm bedは一見疲れ切った風景の中に心地よい充足感がある曲にしたかった。でも440hzだとピッチがアンダーで、枯れている牧歌的な印象が顔を出し過ぎていた。あれこれ悩んだ結果弦楽器を444hzに変えたらイメージに吸い込まれる感じで収束した。ファスト・デイも最初E弦とB弦が歌への追いつきが悪かった。悲しい話や情けない話こそ、穏やかで柔らかいトーンが似合うよなぁ。と思いながらピッチを少し上向きの442hzに修正したら綺麗に纏まってくれた。今回はこれまで漠然と口にしていた「アンサンブル」との向き合いの時間だったと思う。ライブに関しては環境や人の数などランダムな要素が多いのでできることが限られるけれど、音源に関しては適切なアプローチがあれば自分のイメージに集約できるので、叩けば響く感触があって心地がよかった。ライブでは頼もしい高出力の太いサウンドのアンプはファスト・デイには力強すぎたので真っ先にクビになり、1970年代の疲れ切った小口径のアンプで録音した。床に這いつくばってアンプの音を聞き、マイクに届く音がイメージに近ければ、現場で鳴っている音がショボショボでもゴーを出した。演奏はパソコンに挟み込まれた過去の僕がしてくれるので完全に音作りに注力できた。「これ楽でいいですね」とまことさんに言ったら「ここまでが全然楽じゃないと思いますけど」と笑っていた。

A warm bedとファスト・デイに共通するのは揺れ感のあるステレオボーカルだけれど、2曲は歌の起ち方を変えた。A warm bedのほうが歌のトラック数が少ない。歌を厚くしないほうがギターの間を綺麗に波縫っていく感じにできると思った。逆にファスト・デイは歌の膜を作る感じで厚めに録った。歌録りはめちゃくちゃ難航したし「見えてる」って言い張る僕と「ほんまにこれで良くなる?」っていう平岡とで無限に衝突した。仕事前にギターを録って仕事終わりに高知に行って、録音を終えたらそのまま高松に帰って次の日に仕事をする、みたいな生活を続けていたので冗談抜きにここ数年で一番大変だった。充足感といえば聞こえがいいけれど、タイムリミットも迫る中慣れない音源制作をすることはド級のストレスだった。

結局歌も「歌がうますぎるせいでステレオ感が出ず、小さくまとまってしまう」とかいう聞いたことがない理由でめちゃくちゃ録り直した。歌に合わせてコーラスも録っているので、ワントラック8本重ねの歌録りを全やり直しとかいうゴミみたいなフェーズもあって心がオシャカになった。「球威ではなく回転数で」みたいな打たせて取るスタイルが必要なことに気づいてしまってからが大変だった。

「神は細部に宿る」は嘘じゃないと思うけれど、宿ってくれるのは細部の中の細部みたいなところで、もっと早よ助けてねみたいな感想しかない。全て録り終わった後の部分。A warm bedでいうところのAメロとファスト・デイのイントロ。疲れ果ててへたり込んだテーブルの上には、城之内くんがプールに投げ込んだあのピースが置いてあった。大切な人が何かの形で混ざっている音源にしたいと思ったのでファスト・デイのイントロは一部妻に弾いてもらった音を使っているし、アコギの音を録るときは友人が買ってくれた思い出のアコースティックギターを使った。8000円位のギター。おやまさんが「良い音だね」って言ってて「良い音では、ないですよ」と笑って返した記憶がある。嘘で、本当みたいな言葉だった。グッドではないけれどナイスではあります。みたいな。

仕事の合間を縫って高知にレコーディングに行って試行錯誤し、始まれば始まったで当時の勘が少しづつ戻って録り直しを重ねることになったこともあり、3曲録るだけで4ヶ月かかった。遅すぎるでしょと思いつつも、最後にミキシングから上がってきた音源には今の精一杯が出たなと思った。あ~ここは、みたいなのは無かった。良い音源になったと思った。達成感というよりは安堵。本当に安心した。ここははっきりと覚えている。出来上がった音源はたぶん数日で100回は聴いて、もう一度安心した。自分で聴いていられる音源はひとりで走ってどこかに行ってくれると思った。実際録ってから半年以上経っているけれど、各地をひとりでに走り回ってくれている感じがある。あの頃僕があのアーティストを聴いた時みたいに、思い出の一片を預けてもらえたらいいなと思う。Lost in Translation 「翻訳の中で失う」伝言ゲームで伝わった先の言葉が当初の意味合いと違っても、その伝播していく道中にストーリーがあって、各々の何かに連鎖する。脳みそを渡すだけが会話じゃないんだろうなという、そんなこと。忘備録終わり。

Archie, Marry ME


僕たちは日々色々なことを思い出し、たくさんのことを忘れる。
30歳が近くなったからなのか、考えもなく暮らしているからなのか、あるいはその両方で
思い出せないことが増えてきたし、震えるような、内から湧き上がる感情に出会うことが少なくなってしまった。
色んなことを覚えていたい。最近はどうも、その思いが体を埋め尽くしている。
日記をまた書いてみようと思った。明るい日記の書き方は知らない。どう頑張っても仄暗い、解決策のない話になってしまうかもしれない。でも、何か手繰り寄せられるきっかけみたいなものを将来に向けて打ち出すことが、いつか僕を助けてくれるかもしれないと思った。

結婚式をした。12月13日。決めたのは7月1日。神経質で内向的な僕が結婚をすること自体、自分でも非常に驚いたことであったけれど ”結婚式” はさらにその半歩先にあった。
2024年ごろから僕の頭の中は”等身大”という言葉がキーワードになっている。人間が人間のまま人前に出て愛されるということは難しい。けれど、そんな状態でいられるならそれ以上に安心なことはない。自分にも他人にも嘘をつかず、飾らない、ありのままの自分で、それでいて魅力的な人間になってみたいとずっと思っている。そうありたいと思っている。
けれど現実は、無意味な虚栄心に身を包まれた、小さな私が鏡に映っている。「私の内側の収縮は、私の外側を1mm変えることに随分と役に立ったようだ」という文章を書いたことがある。大きく見せるための虚栄心が、私の外側を、より一層小さくすることに役に立っていた。
2025年。結婚式という僕にとって不明瞭なモノに対してヨッコラセと向き合った時に、素直に会いたいと思える人たちがいた。それも思っていたより沢山。重い腰をあげ、式の開催に着手する。時期は7月。クーラーのないお店で汗をかきながら冬の来場者たちのことを思う。
時期を進める。机の上の小冊子と、画面上の会話が現実になってくる。これまでの話が合流して輪郭を帯びる。妻が僕の ”イチローの部分”と揶揄する神経質で没入気質な部分が顔を出し続けている。あの頃、俺はイチローだった。

みんなに会えてよかった。結婚というもの、夫婦というもの、結婚式というもの、式が終わった今でも僕にはよく分かっていない。ただあの場で大事に思う人達に会えたこと、快く来てもらえたことを、忘れないでおきたいと思う。そしてあの"イチロー"が用意してくれた小冊子は、平岡をはじめとするミスター・イレギュラーの存在で綺麗に瓦解し、もちろん思い通りには行かなかった。それでも俺は「これだけ用意周到に持ち物を準備しても忘れ物するのが僕で、忘れ物も、失敗もしないのが君だよね」と妻に向けて言った事前の言葉がそのままになったので、想定内 想定内さと ニンマリ笑った。

 

「私を私たらしめるモノが、今まさに私を苦しめているのだ」という一文を書いた。
何気なく書いたこの一文がずっと頭に残っている。腑に落ちた、というにはあまりにも確信をついていて、仕舞い込んでいた記憶を思い出してしまったような気持ちに陥っている。

私を私たらしめるもの。形は無いが確かにそこにあって、私の根のように、穏やかで確かな質量を持って私をどこへも行けまいとする。

その一方で、私はそれらを愛している。私を私たらしめるモノ。物質的なモノで、あるいは感情的なモノ。それらが構成する”私”は耐え難く、それでいて手放し難いのだ。

 

スローダウン

 

命は 流れを止められやしないんだ

気持ちの継ぎ目に 諦めを宿した

 

スローダウン、という曲を作った時に書いた一文に、今、意味が追いつきはじめている。この頃僕が感じていた悩みや痛み、自分の中で消化できたものもあれば今なお僕の首元に、より確かな感触となってまとわりついているものがある。

 

正しい意味での「美しさ」は失われつつある。あるいはすでに失ってしまった。スローダウン。私は知らない間に随分と歳をとった。意味がないことを、意味がないままに、堂々としていられる年齢ではなくなってしまった。

 

鈍色の、やけにリアリティのある体だけがここに残り、気持ちは過去に置き去りになってしまった。それでもまだ恥じらいはあって、良くありたいと願ってしまう。追憶、あるいは焦燥。

 

気持ちの継ぎ目に諦めを宿した の一文がよく似合う。散文が今になって意味を担う。あだやかで、穏やかな悲しみが私を構成している。そして、この悲しみが、私が私を愛せる理由でもあって、耐え難く、手放し難いのだ。そんな私を、私は愛そう。そんな日が訪れた。この悲しみも、きっと私を肯定してくれるような気がしている。

ポストロック万歳

 

〇〇歳までに結婚する、〇〇歳までに何処で暮らす、そして〇〇歳で死ぬ。よくある簡単な人生計画みたいなモノを思い描いたときにいつも、レーシング場のチェックポイントが頭に浮かぶ。ぐるり、車体ごとコーナーに突っ込んだりエンジンがオーバーヒートを起こさない限りはゴールにたどり着ける。僕の頭のレーシング場は道が2本に分かれていたり、はてしない直線があるのだけれど、チェックポイントは必ず通れるようになっている。

LOSTAGEとの共演が決まった。嬉しい。こんなに心から嬉しいことはそうない。僕の人生のチェックポイントは常にLOSTAGE、あるいはlostageと共にあったといっても過言ではない。人が食事で場面を思い起こすように、僕は音楽で昔のある場面を思い出すことが多々あるし、そういった記憶のシーンで流れている音楽の大半がtoeLOSTAGEだ。

思えば「四国のポストロックバンド」の肩書き(レッテル?)でこじつけたビッグネームとの共演も多い。toddle,bacho,sow,aiming for enrike,突然少年,e;in,sans visage,Mass of the fermenting dregs,my young animal,nim,SEMENTOS,裸体etc.....

年々同年代が減っていって、僕らへのお声がけが増えてきた。そこについにLOSTAGEとの共演が舞い込んできた。ラッキー&棚ぼた上等。自分の目指していたチェックポイントに到達したことを少しだけ褒めたい。でも忖度ブッキングで一度会ったことを自慢しつづける元気も無いので、出来れば僕らも良くありたい、とずっと思っている。

「都会の凄いバンドが四国へ来るときに、彼らに憧れた田舎の若者が似た音楽を披露する」構図が四国には往々してよくあるし、それ自体は何も間違っていないのだけれど、そこに対等なイメージの共有がない感じがして、なんとも言えない物悲しさを感じていた。

なのでここ1年くらいは「自分たちも良くあろう」とお互いに言葉にしてきた。おかげもあって、少しずつ良くなっている、と思っている。凄くなっているかは分からない。けれど、気負けすることも減ったし、何より「その場に居なかった」みたいなあの行き場のないやるせ無さに締め付けられることは確かに減った。一歩前進。やるぞLOSTAGE。彼らにこの愛を捧ぐ。ハンドルを自分の意思で握って、僕らなりの最高到達点を。

 

 がらん がらんと 激しく洗われてみたい。
使い古した洗濯機を回しながら、浮かんでは消える端材のような言葉を眺めていた。

アナログであることが美しいと思われる時代に差し掛かっている。そんな世の中の流れに若干の心地悪さを感じている。アナログであること、そのものにはあまり意味がないと思っている。人間の作業に付随する「温かみ」だなんだと言うけれど、結局それは”荒さ”を満足のいくような言葉でひた隠しにしているだけなんじゃないかと思ってしまう。
電卓にも劣る計算能力で自動運転を批判し、遠くに行くことを目的にしながら、走る練習ばかりしている。隣の人が自転車を持っていることを知りながら、その脆弱性や欠陥ばかりに目を凝らし、100度に1度の勝利に目を腫らして泣いている。そういう不自由さが好きなんだよね。と言い訳に似たことばかり言って、無知を愛している。

他人を愛したいが、誰かに愛して欲しいわけではない。曲を作りたいが、音楽を聞きたいわけではない。何か言いたい。この込み上がる熱情を現したい。深く潜る。誰かに見せたい感情を、誰にも見せまいとするために。
がらんがらんと、激しく洗われてみたい。置いてけぼりの感情にたどり着くために。

この惨めな夜を

 

この惨めな夜を、惨めなままで終わりたいのだ。

そんな一文が頭の片隅に浮かんでいた。
久しぶりのキーボードの感触は指先には重すぎるように感じるし、パソコンの画面はどうも明るすぎるように感じる。それでもなんとなくこの不便さを楽しんでいる。この微かな憂鬱をあえて選んだ自分を嬉しく思っている。あえて不便を選ぶ。退屈を満喫するのではなく、とことん退屈になってしまいたい。

履き慣れたスリッパ、定位置の持ち物、決められた関係。当たり前の日常が馴染まなくなってきた頃、時間の経過を感じる。

今を生きる、と言いながら今を生きることすらままならない。いつかの話なんてできそうにもなく、未来のために種を植えた人の横で未来用の種を食べている。それでも今日は満足に生きれそうにない。


この惨めな夜を。惨めなままで終わりたいのだ。解決しようとしてはいけない。周到に用意してきた言葉の頭をつまづこう。散らばった部屋を散らばったままにして眠ろう。

「居心地が悪いところ、嫌いじゃないんですよね」と言ったのは嘘で本当で、できれば会うたびに抱き合わなくてもいいように、もう少しだけ会えればいいのだけれど、と思っている。